「生」と「死」に向き合った長い一日
2021年04月27日
院長の水越です。
3月8日に第四子が誕生しました。
出産予定日よりも2ヶ月早く、胎盤早期剥離による緊急帝王切開での誕生でした。
夜中の3時半ごろ、お腹の張りと痛みで妻に起こされて、かかりつけの産婦人科に向かいました。
6時頃まで妻に付き添っていましたが、子供達を残してきたので、僕は自宅に戻りました。
子供を起こし、朝の支度をして、3人とも送り出した後、妻から大きい病院に搬送されるというメッセージが届いていることに気付きました。
その日の予定をすべてキャンセルし終わってホッとしたのか、ソファで寝落ちしてしまっていました。
産婦人科で携帯をマナーモードにしたままになっていて、電話が何度も鳴っていることに気づきませんでした。
15分ほど経ってから、ふと目を覚まし、妻からの電話に出ました。
「今から帝王切開になる 先生に代わる」と妻から。
先生から、胎盤が剥がれて、子宮のなかで出血しているから、緊急帝王切開をするとのこと。
電話を切り、急いで病院に向かいました。
病院に着いてまもなく、先生から説明を受けました。
子宮の中の出血量が多く、輸血をしながらオペをしていること
血の止まりが悪くて、術後もICUでの管理が必要となること
胎児への血液供給が不十分なので、命の危険があること
などの説明を受けました。
頭では理解出来るのですが、それを受けとめる精神的な余裕がなく、その事実を他人事のように客観視している自分がいました。
まもなく、赤ちゃんがオペ室から出てきました。
気管支チューブが入ったままで、点滴とモニターがたくさんつながっていました。
取り出した時は呼吸がなく、心拍も弱かった
もう少し遅かったら、危なかった
自発呼吸は戻ったが、人工呼吸器での補助が必要
この後、新生児ICU(NICU)での管理となる
とのこと。
まだまだ安心は出来ないけど、生きていてくれてよかった。
でも、赤ちゃんには申し訳ないけど、妻のことの方が心配でした。
後は縫って終わりのはずなのに、なかなかオペ室から出てきません。
その時間が本当に長く感じられました。
カバンに入れていた難しい本を読みながら待っていました。
それはインドの偉い人が書いた本で、自分の在り方についての本でした。
起こることはすべて最善だという思想を説く内容で、妻の死でさえも、起こることは最善のタイミングで起こるのだということを僕に言い聞かせるような内容でした。
自分が成長して、精神的に強くなり、どんなことが起きても大丈夫という在り方を身につけなければならないと自分に暗示をかけているようでした。
手術室が終わり、救命救急センターのICUへ移動する合間に、意識がなく人工呼吸器をつけた妻と少しだけ面会が出来ました。
痛々しい姿に涙が出そうになりましたが、我慢しました。
出血がまだ止まらず、凝固因子を中心にしっかりと輸血を行うこと
大量輸血をするため、肺水腫になる可能性があるから、気管チューブを入れたまま人工呼吸を続けること
などの説明を受けました。
ますます心配になりました。
その後、一通りの処置が終わった赤ちゃんの面会をしました。
赤ちゃんに触りながら、妻の安否を心配していました。
そして、麻酔から覚醒した妻との面会が許可されました。
意識が朦朧としている妻から、生命エネルギーがみなぎっているオーラのようなものが見えたような気がしました。
「この人はこんなことでは死なない」と直感的に感じましたが、そんな感覚を信じることが出来ず、不安はつのる一方です。
5分ほど筆談で妻と会話を交わし、病院を後にしました。
コロナなので、基本的には面会は出来ません。
次にいつ会えるか分からない、もう会えないかもしれないと思いながら帰りました。
家に着いたのは夕方でした。
子供の面倒を見るために祖母が来てくれていて、状況を話しました。
小4の長女にはある程度のことを話しましたが、ママが死ぬかもしれないとは言えませんでした。
そして、眠れない夜がやってきました。
眠れないことは分かっていたので、病院で読んでいた本の続きを読むことにしました。
ますます目が冴え、成長しよう、意識のレベルを上げようと奮起する自分がいました。
翌朝、子供たちを送り出したあと、仕事が手につかず、本を読む気にもならなかったので、映画を観ることにしました。
少しホッとしたような、肩の力が抜けるような感覚でした。
映画を観ていると、妻との思い出が頭をよぎりました。
海外旅行やディズニー旅行のような大きなイベントではなく、家族でごはんを食べているシートなど、何気ない日常のシーンばかりが思い出されました。
気がつけば、涙があふれていました。
もし、妻が生還したら、毎日を一瞬一瞬を大切に生きようと思いました。
先のことを考えて、今を疎かにするような生き方はやめようと思いました。
それと同時に、起こることはすべて最善だと思えるほど、自分は高尚な人間ではないこと、妻の死を受け入れることなんて出来ないという、ダメな自分を受け入れることが出来ました。
つづく
院長
水越健之